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I'm a dame human.

 

パートナーの美紀さんとは、話し合いはよくしますが、

私が内面的な悩みを美紀さんに相談することはあまりありません。

 

というよりも、美紀さんに限らず昔から、

私が内面的な悩みを人に相談すること自体、ほとんどありません。

(社会的なこと等、詳しい人に訊けば解決する問題についてはよく相談しますが。)

 

なので、いつものような話し合いであればすんなり出てくる言葉が、

ここ数日の美紀さんとの対話では胸のあたりでつっかえてなかなか出て来ず、

しかもそのつっかえたエネルギーが胸の中でのたうち回るように逡巡しておりました(苦笑)

 

 

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私が何を悩んでいたかというと、

ここ数日の色々な流れの中で

「自分はどうしようもなくダメな人間なのではないか?」

という思いが湧いてきました。
それ自体は時折あったことで、それほど重大な問題ではありません。
むしろそれはある意味私の出発点であり、
それがベースとなって、
「だから、より良い人間になるために努力する。」
ということが、これまで基本方針となっていました。
それで、色々なことを乗り越えてきました。
そして今回も小さな波を何度も乗り越えました。
が、何度乗り越えても更に少し大きくなった波が断続的に押し寄せてきて、
ボディーブローのようにダメージが蓄積して来たのでしょう。
変革の時が来ました。
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“より良い自分になるよう努力する”ということのベースには、
ダメな自分を受け入れるということがあったはずですが、
“より良い自分になるよう努力する”ということそのものは受け入れることとは違います。
そして、今回美紀さんに「私はダメな自分を受け入れることをやってみたよ」と言われて、
それから内観して気づいたのは、
その、“より良い自分になるよう努力する”ということがいつの間にか、
ダメな自分を受け入れることからの逃げに使われていたということです。
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そこで、ダメな自分を受け入れようと思い至ると、すぐに新たな動きが生じました。
その後の出来事の中で、さらなるダメ人間として、自己評価が坂を転がり落ちたのです(笑)
でも、それは逆に、気持ち良いとも言える動きでした。
私が一番苦しさを感じるのは、“停止”です。
何も出来ない。どこへも行けない。それが一番苦しい。
自己評価が高くなろうが低くなろうが、動きがあれば私は解放されるのです。
そもそも、ダメ人間と書いていますが、ダメでも何でもないのです。
そこには個性を持った個があるだけです。
そして、その個性を自覚することが、自分を受け入れるということなのです。