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プロフィール その8 〜私は甕〜

 

私は中学生の頃が一番精神状態が良くありませんでした。

 

理由は明白です。

 

それは、感情を出さなかったからです。

 

 

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感情が表情にも全く出ないほどポーカーフェイスだったわけではありません。

 

そういう意味では多少は出ていたでしょう。

 

まあでも、出ていたのは感じていたものに比べれば、ほんのわずかです。

 

 

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当時は、感情を出せないというのもありましたが、

出さないのが美徳と思っている面もありました。

 

でも、今は分かります。

 

出さないものは、出ていかない。

 

それが深く沈んでその存在を忘れることはあっても、

それは忘れているだけで、出てはいかないのです。

 

水の入った甕の底に沈んでしまったもののように。

 

そしてむしろ、それを解決しようと思った時に、

深く沈んだものを探すのは一苦労だったりします。

 

 

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秋分の日の昨日、車で移動中に、パートナーのMikiと話している時のことでした。

 

どういう流れだったか忘れましたが、扁桃腺の話になりました。

 

私は子供の頃に手術をして扁桃腺を取っています。

 

で、そこからのつながりで、幼少期のいろいろなことを思い出し、

私の母が心配性なところがある

という話を私がしました。

 

その言い方が、少し批判めいた口調に感じられたのでしょう。

 

Mikiに注意されました。

 

そういう言い方はするべきではないと。

 

感謝するべきであると。

 

それで、私も言いたいことがありましたが、それを飲み込み、

内観してみました。

 

 

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“それを飲み込み、内観して”、気づいたことがあります。

 

重要なのは、ただ内観したのではなく、

“それを飲み込み、内観した”こと。

 

その順序でした。

 

私は、道理の正当性を重視している節があります。

 

そして、“どう客観的に見ても正当であること”は

同意されるかどうかは自由意志なので別としても、

少なくともその正当性だけは他者からも

受け入れられるべきであると思っている節が。

 

 

ただ、人には感情というものがあります。

 

そして今回気づいたことは、

人とのコミュニケーションにおいて重要なのは、

道理の正当性よりもまず

“相手を認めること”であるということ。

 

 

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Mikiとの関係においては、お互いに、

甕の中の澱み、

つまり自分の内側の引っ掛かりは、

どんなに小さなものでも話し合って解消するようにしています。

 

そして、そのおかげで、循環がどんどんスムーズになっていっています。

 

 

 

これまで、人とのこういう関わり方は、私は今まで一切してきませんでした。

 

むしろ、そういうもの(澱み、引っ掛かり)は極力出さないようにと心がけている節すらありました。

 

ただ、それを全く出さずに本当の意味で良好な人間関係が築けるとは思っていなかったので、

時折、出そうと試みることもありましたが、上手くはいきませんでした。

 

今考えると、その理由が分かります。

 

それは、まず道理の正当性を求め、

それから相手を認めようとしていたからでした。

 

だから、相手が感情豊かな人であればあるほど

上手くはいかない。

 

 

 

でも、これまであまり明確には意識していませんでしたが、

Mikiとの関係においては、

まず相手を認め、

それから引っ掛かりと

その引っ掛かりが生じる道理を

しっかりと話しています。

 

だから上手くいく。

 

そのことに気づいたのでした。