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プロフィール その4 〜独特な観念を持ったクールな幼児〜

私は幼稚園の頃、独特な観念をいくつか持っていました。

 

 

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・カレンダーは右から左に向かって順に月火水・・・と並んでいる。

 

漢字が読めなかったためにそういう勘違いができたわけですが、

今思えば、昔の日本では横書きでも右から左に読んでいたわけですから

根拠のない勘違いでもないのかもしれません。

 

 

・「108」が百八か十八か分からない。

 

これも漢数字的な概念とすれば、「10」と「8」が並んでいるから十八というのも納得できます。

幼児時代には前世の影響が多分に残っているという話を聞いたことがありますが、

そういう影響なのかもしれません。

 

 

・1日に話せる語数は決まっているから、大事に節約して計画的に話さなければならない。

 

今の私は、少しでも喋り過ぎるとすぐに声がかすれてくるので、この観念もあながち間違っていません。

あるいは昔、インドでモウナの修行をしていたのかも。

ちなみにモウナの修行というのは沈黙の修行のことです。

何も喋らないという修行ですが、元来は「喋らない修行」をするのではなく、

真理に到達した行者が何も喋らなくなったというところから始まっているらしいです。

 

言葉には力がありますが、それは常日頃どういう風に言葉を使っているかによって

「その人の言葉の力」というのは変わってくるので、

その辺りのこととも関わってくるのだと思います。

 

 

・知らない人に裸足を見られるのは、知らない人に裸を見られるのと同じくらい恥ずかしいことだ。

 

この観念はどこから出てきたものか謎です。

 

 

・夜中に暗い部屋で目を開けると、ホコリがよく見える。

 

これは実際にはホコリではありませんが、今でも見えます。

目を閉じればいつでもどこでも見えますし、正確には目を開けていても見えています。

チャンネルの設定されていないチャンネルに合わせてしまった時のテレビ画面みたいなヤツです。

幼稚園時代からそれをハッキリ認識しているというのは、

自分で言うのもなんですが良い感性を持ってますね。

 

 

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と言うような観念を持った幼稚園児でした。

 

と同時に、クールと言うか、いっそ無感情に近いところのある幼児でした。

(泣き虫でもあったので、完全に無感情というわけではないですが)

 

 

 

例えば、幼稚園で誰か(子供)がゲ◯を吐いた時のことでした。

 

別な子供がそのゲ◯を踏みました。

 

そしてその子が椅子に座っていた私のところにやって来て、靴の裏のゲ◯を私の腕になすりつけました。

 

そこで私は悲しむでもなく怒るでもなく、

「あ、腕が汚い」と目の前の事実だけを認識して水道に腕を洗いに行きました。

 

 

 

またある時には、何人かでトランプでババ抜きをしていました。

 

すると、イケイケな感じの男の子が私のカードを引く時に、

引くカード以外のカードも無理やり折り曲げてめくって数字を見ました。

 

そのカードはジョーカーではなかったので、

その折り目のついたカードを次のターンでひこうと思ったのでしょう。

 

それを察した私は、そのイケイケの子がよそ見をしている隙にそのカードの折り目を戻して、

ジョーカーに折り目をつけておきました。

 

すると次のターンでそのイケイケの子は、

まんまとジョーカーをひきました。

 

しかもとても不思議そうな顔をしていました。

 

カッカッカッカッカ(←笑い声)