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修行について

修行の時代はもう終わった。
というような言葉を時折耳にしたり目にしたりすることがあります。
その度に感じてきたことを、言葉にしてまとめてみようと思います。
その言葉に触れるたびに感じるのは、
「それは言っているニュアンスによっては間違ってはいないが、大抵は正しくもない。」
ということ。
修行は終わりません。
そもそも修行というのは「歯を食いしばって耐える苦しい行為」や
「多くの制限を課してそれに耐えること」のみを指しているのではありません。
修行というのは「自分を知って、本来の自分に還るためにする行為」のことです。
その意味では、自分を見つめることは全て修行と言うことも出来ます。
苦しい中で見つめることで自分をよく知ることができるという人や、苦しい修行が好きな人は、苦しい修行をすることもあるでしょう。
ただし、それを俯瞰できれば、それそのものを楽しむことも出来ます。
そして、楽しい中で見つめることで自分をよく知ることができる人は楽しい修行をするでしょう。
日常生活の中でしっかりとした内観をする人はどんどん増えてきています。
それに加えて現在、エネルギーを動かすということがとても軽やかになってきているので、そういう意味では、既存の限定的な修行という枠組みは現状に即した効率的な方法でないこともあるでしょう。
しかしだからと言って、全ての昔からあるような修行の価値がなくなるということではありません。
昔からある修行にも、これからもしっかりと価値を持ち続けるものはあるはずです。
もし、修行が終わるとすれば、それは修行がなくなるという意味ではなく、修行という枠組みが役割を終えるということ。
そして、枠を取り払われて自由になった修行が遍在するようになります。
そういう意味で言えば、いわゆる「修行をしている人」として認識されていなくても、立派な修行者だなと思える人が本当にたくさんいます。